献身的に媚び続けて得られるものはない

前回(媚を売るなら、色々と考えて売る必要がある)の補足的な記事になりますが、媚を売ることは目的の為、結果を出す為の一手間と書きました。

行動に目的を定めることは、方向性を決定するという点で不可欠なものです。

多くのことに言えることですが、目的がないと、むやみに水を汲み出してエネルギーを無駄にするばかりで何も達成できません。

しかし、一旦目標が設定されると、次に重要になるのはその後に続く経過です。そして焦点をその経過に当てることで、目的に近付くことが出来るのです。

つまり、目的を設定することは重要ですが、得られるであろう報酬や結果から動機を見つけても駄目だということです。

出世したいと媚びることは目的として間違っていませんが、出世のために献身的になって取り繕っていても出世できませんよ、と。分かりづらいですね・・・。

媚び続ける必要はない、相手の関心を引けたら十分だ

媚びを売ることは取り入ること。取り入ることが目的達成の手段にはなりえない。

媚を売ることで、日々のコミュニケーションと実績を重ねながら少しずつ培っていく信頼や評価というものを一時的に跳ね上げることができます。

自身の存在観を印象操作によって与えるもので、即効性があり、また、ある程度自分の思い通りに関心を向けることが出来るでしょう。

ただし、これは「仮」の信頼と評価にすぎません。

様々な経験や実績を積み、相互理解を得た上に成り立つ磐石なものではなく、好奇・興味・関心といった薄い感情の上に成り立つ組み木細工だということです。

例えば、これが来月に控えたプレゼンの為、企画会議の賛同を得る為などの短期的な印象操作であれば特に問題はないでしょう。

ただし、出世の為、今後の取引の為など長い目で見る場合、相手の関心を引けた時点で媚を売り続ける必要はありません。

例えば、報連相以外の会話がなかった上司から、プライベートな会話をある程度聞けるようになってくれば十分です。

しかし、それでも中には媚びを売り続ける人がいる。

そうした人に警鐘を鳴らしたい。

媚びる人が長期化した末路は悲惨

媚びることを目的としている人は、大抵そのうち駄目になる。

取り入る行為は相手からすれば気にかけるべき存在になっていくということです。自然と目や耳にとまる機会も増えてくる。

互いの距離が縮まるほど、相手の求めるレベルが上がってくる。様々な要求に、どこまで耐えられるでしょうか。

就業時間外の誘いも増える。そうした中でも印象を悪くしないため、その全てに合格点を出さなければなりません。

何事も、楽しさややりがいを感じれない状況は長続きしないものです。やがて自己嫌悪を抱くようになるでしょう。

また、媚びを売る行為は、極端にいえば「嫌々やる」ということです。目的達成の為に労力を割くその行為は、長く続けるものではありません。

褒める、同調する、提供するといった行為は、一定のラインを超えると相手が今までのそれでは満足しなくなるのです。

同じことを繰り返せば、それが当たり前になる。

当たり前になれば相手は満足しません。底が知れるというやつです。そうなってしまっては仮の信頼と評価は実に脆いものになります。

好感を得ていたはずなのに、いつの間にか「卑屈な」「追従的な」部下に成り下がる。

成り下がった状態では、いくら媚びても効果はありません。なぜなら、既に相手は媚びられることにうんざりしているから。

目的を失い、保身に走れば誰もついてはこない

媚び続ける限り、周りに集まるのは、その人の「媚び」に関心を持つ人である。だれも本当の姿は求めない。

周りに人が集まり出すと、後には引けない。こうなっては全てを失う”不安”との戦いになる。

行動の結果に対する不安。

成功すること、達成することを目的に行動するのではなく、「失敗しないため」に行動するようになるでしょう。仕事中、常に失敗するのではないかと不安にかられ、そしてこの不安は、色々な形となって現れてきます。

萎縮し、粗が目立つようになり、荒唐無稽な指示を出し、言い訳をつけて逃げたがる。

目的はもはや行動することではなく、失敗から逃げる事。しまいには失敗から逃げる一番確実な方法として、行動そのものをとらなくなる。

同僚からは卑屈なやつと思われ、上司からは調子のいいやつと思われ、部下からは能力のない上司と思われる。

こういう人はキャリアアップも何もなく、出世できても係長止まりです。

媚びて出世する人は経過に動機を見いだせる人

最善を尽くすのに必要であれば、そもそもの動機が何であろうと関係なく、今行っている行為そのものに新しい動機を見つけ出す事が重要だ。

大事なことは、モチベーション管理です。

例えば、上司に食事を誘われた時にどのように捉えるか?

  • A・・・面倒だと思いながら、それでも接待だと自分に言い聞かせるのか
  • B・・・普段聞けない事が色々聞けるかも、と意気揚々と向かうのか

例えば、上司にゴルフを勧められた時にどのように捉えるか?

  • A・・・やったこともないし、やりたくないと思いながら始めるのか
  • B・・・趣味の開拓だ!と、仕事帰りや休日の合間などに積極的に取り組んでみるのか

言うまでもなく、AとBでは、その場の対応とその後に大きな差が生まれるでしょう。

「出世したい」という目的を定め、行動を始めるきっかけは、

  • 他人から認められたい
  • お金を稼ぎたい
  • もっと大きな仕事がしたい
  • 命令されず、自分の思い通りにしたい
  • 他にやるべきことが見つけられない
  • 今の仕事をキャリアにして別の仕事をやりたい

または上記以外の、もっと別のきっかけかもしれません。

ただ、媚びることから始まり、そして付き合いを重ねるうちに、その付き合い自体から新たに動機を見つけられるのであれば、最初の動機などたいした問題ではないのです。

私は冒頭で「目的を設定することは重要ですが、得られるであろう報酬や結果から動機を見つけても駄目だ」という話をしました。

仮に、仕事における行動の結果を動機にしてしまったらどうなるでしょう。

偉くなりたいから行動する。出世のために仕事をするのであって、仕事が好きだからするわけではない。

出世を考えてばかりでまっとうな仕事をしていない。顧客よりも上司の事ばかりに頭がいってしまい、目の前の仕事を確実にやり遂げられるかどうかといった問題よりも、昇進の可能性ばかり考えている。

これでは焦点がズレてしまっており、後の行動が取れないばかりか周囲との摩擦や問題が増えてしまい、長期的行動もままなりません。

結果だけを動機にすると、自分でもコントロールできないものを動機にしてしまうことになるのです。なぜならそれは、自分以外のことだから。

誰が昇進するかを決めるのは上司であって、そればかりを気にするといずれ失望させられます。どんなに仕事が出来て、成果をあげていても、思い通りにいくとは限りません。

それだけに、結果の動機ばかり追求していくと、ゆくゆくはその動機そのものまで見失うことになります。

そして、動機がなくてはどんな行動でさえも起こせなくなる。

行動の始まりは目的にあり、その目的を目指すことに変わりはありません。

大事な事は、「行動経過の中に焦点を当てる事」にあり、目的の為の手段と割り切るよりも、行為そのものに新しい動機を見出す事で、自分のモチベーションが高く維持出来るという事です。

モチベーションを高く維持できれば、今自分が行っている行為に全神経を集中させられるし、当然それに伴って仕事や行動の質も改善出来る。

結果的に可能性が広がり、様々な評価やチャンスを得ることに繋がるのです。

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